アトリエサガン木曜クラス

野見山暁治展 講演会レポート 

平成23年11月12日
於 ブリジストン美術館
        
            野見山暁治 をもっと知る

(質問)毎日習慣になっていることは何ですか。
(答え)日常のことを話すのは難しい。夕方疲れた時に散歩している。
  起きている間は、絵を描くのが好きだから絵だけ描いている。
  学生時代にアトリエ村に住んでからずっと描き続けている。
  周りの人には何を描いているのか分からないだろう。
  学生時代モデルを描く時間に何時も遅くいったので、
  何時も後ろの方で立って描いていた。
  これが癖になった。
 
  文章ならば散歩しながら何を書くか考えることが出来るが、
  絵の場合は考えても描けない。
  絵は、画面に向かってはじめて発想が湧き描くことが出来る。

(質問)油彩画の絵具は日本人には合わないとおっしゃっているが。
(答え)小学生時代の先生は日本画の人であったので、油絵具のことは教えて
  くれなかった。美校を受けると言ったら、日本画を薦められたが岩絵具を作   
 る作業など描くまでの準備が大変だったので油絵にした。

 石膏像のデッサンを描けと言われたが、これは面白くない。
 あんなものを何故描くのか不思議に思った。
 美校に行ったのは、鑑札が必要だと思ったからだ。(生活を保証してくれると考えた)
 親父は「川原乞食になるから美校に行かせない」と言ったが簡単に入ってしまので行くことになった。

 油絵具は筆を洗うのが大変。自分はものぐさなので、最近は水墨画に変わりたいと思っている。
 最近は水墨 画をやっている。

(質問)どういう女性が好きですか。
(答え)こんなお爺さんに惚れてくれる女性ならば直ぐに惚れる、相手次第。

(質問)エネルギーの源は何ですか。
(答え)絵を描くのが好きだから描いているだけ、急に変わったわけではない。
  毎日の習慣でやっている。食事をするのと同じ。

(質問)タイトルと絵の関係はどうなのか
(答え)今はわけのわからない絵を描いているので、符牒でもよいのだが
  何かつけないといけないのでタイトルをつけている。
  番号でも良いのだが番号で質問されても分からない。
  人の名前もその人と合っていない人ことが多い。
  正義が嘘つきだったりする等々、
  言葉とタイトルは何でも合う。幾つでも直ぐにタイトルはつけられる。

(質問)パリで描いた絵と日本にいたときの絵の違いは
(答え) パリに行って自分の絵が変わったことに気がつかなかった。
  自分の絵は自分の中で描いているから変わらないと思っていたし、
 セントラル美術館で個展をやって、人に言われて気がついた。
 何故変わったかもわからない。

 パリ留学が決まったが、たった1年ではもったいないと思い切り詰めた生活をした。
  加藤周一「パリ通信」の挿絵のアルバイトをしてフランをもらった。
  加藤周一を訪ねると髭を剃りながら「デーモンがないと絵描きとは言えな い」と言われた。
  それが何のことかわからなかったが「最初の1年はフランス語の勉強と旅行、2年目から絵を描けと言われ  た」これはよくわかったので実行した。ただフランス語は今も苦手。
  フラン節約のため日本で買ってきた絵具は、フランスで2年目から描き始めたとき、あまりに色が違いすぎ  て使えなかった。

  (質問) 絵を描くとき気をつけていること
 (答え)最初は汚す。それがどうなるかを考えていると形が見えてくる。
  次々と絵の方から呼びかけてくる。ぼんやりしていると気がつくが、この
  辺りのことは本人も良く分からない。

 (質問)黒はどう使うか
 (答え)絵具のことは余り知らない。前に使った色も忘れてしまう。
  画材のことは恥ずかしいほど知らない。
  最近はアクリル等新しい絵具が開発されている。
  自分の特注の絵の具はない。素朴な画家だと思っている。

  (質問) 表現について
 (答え)何を描いているのかよく質問されるが自分でも良くわからない。

(質問)来年の抱負は
(答え)来年のことは考えない。考えないから抱負などない。
  ブリジストン美術館は物故作家の展覧会しかやっていない。
  今は、自分の回顧展をやっているが、遺作展になってしまわないか心配している。
  ポスターを変えるのも大変だから。今迄、生き過ぎてきたので、
  来年のことは考えない。

(質問)インスピレーションはどういう時にでるのか
(答え)抽象画と言われることは不本意、ものを見て描くことが大切、
  何時もスケッチブックを持って歩いている。描いたことで頭に残る。
  漠然と頭に残った形をなぞっている。覚えていた形が出てくる。
  木の枝の空間を描けばよい、犬を描けばよい ということなのだが、
  神様が創ったものと同じように自分の自然、自分の犬を創りたい。
  分からないと言われるのは私の責任である。

(質問)九州、産炭地・ボタ山の想い出は
(答え)ボタ山とかトロッコとか、みんながなぜ本当の景色を描かないのか不思議だった。
  戦時中、描く場所が禁止されていた、女性と歩いてはいけない、喫茶店に入ってはいけない等々沢山の制  限があった。
  戦争が終わり、何を描いてもよいと言われたが、何を描いてよいのか分か らなかった。丁度その頃、セザ  ンヌと出会った。
  セザンヌに自然と人間のせめぎ合いを感じた。
  ソルボンヌの学生とフランス国内を旅行しているとき、九州の田舎の匂いが
  した。そこは炭鉱地帯であった。

(質問)お好きな日本画は何ですか
(答え)沢山あって言えない。古いものも良いし、東洋画も良い。
  西洋画に憧れた理由は、油絵科に入ったが西洋人の描いたものをみたこと
  がなかった。フランスは夢であり、そこで絵を学んだ先生に憧れたが、
  本当の西洋画を知りたかった。油絵の肌触り、一度でいいから本物を
  みたかった。

ある雑誌社の依頼で 坂本繁二郎に林武と岡本太郎のについて聴きに行っ 
たが、二人とも知らないと言っていた。
そして「パリに行っても仕方がない、無駄ですよ」と言われた。

東洋画には西洋画にあるような説明はない。
理詰めでない作品を見るとその時代の人間にあってみたい、どういう人間
がどういう暮らしをしているか。その時代に行って、その人に会ってみた
いと思う。

藤田の絵は日本画に近い。パリでの8年目から日本人は西洋人と全く違うことが分かってきた。そのとき『東洋人は東洋人です』という坂本の話が良く
理解出来た。憧れの最高の絵は東洋画である。

(質問)美とは何か
(答え)困った言葉だ。翻訳が悪い。西洋かぶれが訳したのではないか。
  坂本繁二郎に「絵は「真善美」を備えていないといけない」と言われたが
  分からなかった。自分の出品作を審査員であった坂本に落選とされたが
  会員であったので何とか出展出来たが、それでも落選作と表示しろと
  言われた。出品作は骸骨を描いた絵であったので。作品に真と善が
無いと思われたのだろう。

(質問)絵と文章は関係があるのか
(答え)近いうち「絵と文章」という本をだす。
  ただこの題名は好きではない。絵と文は独立していると思う。
  挿絵は好きではない。ポスターは好き。挿絵は文章が良ければよいほど
  描きにくい。井上光晴より、「文章を読まないで描いてくれ」と言われ、
  大変面白いものになった。水上勉の小説も文章を読まないで描いた。
  もの書きと絵描きと競争すると絵描きは徹底的にやられる。
  
 (質問)完成という判断はどこでするのか
(答え)これが難しい。頭にあって描き始めた人はこの判断が出来るが
  自分は描いていくに従って変わるから非常に難しい。
  ピカソは行きあたりばったり、マチスは色が合わないと徹底的に消す。
  マチスには完成された絵が頭にある。
画家にはピカソとマチスのタイプがある。
その他に自分の理念があってこの理念に合わせるタイプがある。

     自分の絵に台風を描いたものがあるが、この作品は描くに従って悪くな
     った。達成感がない。悲しいかな絵は元に戻らないし、確信もない。
  文章は自由に直せる。
  「これでどうだ」とワイフに聞いて判断したり、絵具屋さんの言ったこと 
  で色を決めたりする人もいる。

  「面白い絵とつまらない絵の違い」は、好きな絵は面白く、つまらない
  絵は面白くない。絵は好き嫌いだと思う。
  音楽は抽象である。絵はそっくりさんでは面白くない。
例えば山を描いた山の大きさや広さが感じられる絵でないといけない。
  あるとき審査の基準を『好き嫌いで決める』と答えたらその人が「それ
  では自分審査ができる」と言ったので「好き嫌いにも程度がある。
好き嫌いにも教養がいる」と言ってやった。

(質問)震災後に描かれた「かけがえのない空」はその前と違いはあるのか
(答え)私の絵そのものが被災地のようなもの、前後に違いはない。
  眼に触れたものが絵になる。体験が眼・頭に残りそしていつか作品に
  現れる。私の絵は何も変わらない。
  「何かこういうものでないといけない」というものがあるがそれが何だ 
  か分からない」

(質問)先生は幸せでしたか
(答え)加山雄三という不思議な男がいる。その男に幸福という実感はある
のだろうか、あるとすればきっとつまらないものだろう。

(質問)最近読んだ本は
(答え)自分は書くので精いっぱい。
  ジョン万次郎の子孫が書いた贈呈本が面白かった。
  江戸時代とそのころの日本人について書かれているのが面白かった。

(質問)模写はしたか
(答え)小さいものをよくやった。ゴーギャンが好きで鉛筆でよくやった。
  歳をとったら画集は要らない。

(質問)良い女とは
(答え)パリにいるとき、池田満寿夫とある彫刻家(飯田善国?)の3人で
  飲んだことがある。
  二人は次々と何人も女を変えたことを自慢していたが、自分はものを大切
  にするタイプ、一人で十分最初の妻が死んだから二人になった。

(以上は2時間の応答からの抜粋)


開催中の野見山暁治展の講演の抜粋をまとめていただきました。
チケットを早々に入手したsimadaさんに、おばさんたちがおねだりしてご苦労戴いたレポートです。
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by sagan-t | 2011-11-20 20:34 | イベントなど
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